創業者・小林一三(写真:1)は、1907年(明治40年)、阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道の設立に参画しました。そして、のちにここから阪急百貨店が生まれることになります。
小林一三が目指したのは、のちに『大衆第一主義』という言葉で表される、大衆が主人公となれる社会です。その実現のために、これまで思い描くことすらなかった画期的な事業を次々に打ち出しました。
乗客を誘致するのではなく、創り出すという新しい発想で成功を収めた鉄道事業は、後に、一日の乗降客数が約60万人に及ぶ西日本最大級のターミナル、梅田駅を有する阪急電鉄へと成長しました。(写真:2)
また、都会で家を借りるという発想しかなかった時代に、日本初の住宅ローンを組むことによって、郊外でマイホームの夢を可能にしました。(写真:3)
さらに、沿線にお住まいの人々を、さらなる夢へといざなうために、女性や家族連れでも楽しめるエンタテインメント事業にも着手しました。これが、世界でも例を見ない女性だけの劇団として、年間200万人の観客動員数を誇る宝塚歌劇団へと発展しました。(写真:4)
そして、1929年(昭和4年)、大衆に向けての夢の集大成として世界初のターミナルデパート「阪急百貨店」を開業しました。(写真:5)
地下2階、地上8階という、当時では群を抜いた規模を持ち、従来の高級百貨店としてではなく、より多くの人々に親しまれる新しい百貨店を目指しました。
その後、1947年(昭和22年)に、株式会社阪急百貨店は阪急電鉄より分離独立しました。
大衆の夢をふくらませ、そして確かな実りへと導いた起業家・小林一三の歩みの跡に、都市生活者の新しいライフスタイルが生まれました。





















